Not centre of the universe (maybe the earth)

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53.ポプテピピック終了に思う事(3) 全方位敵対外交仮説(2)

 私が好きなのは当然、4.フランシス・ベーコンスタイルである。

 結局、上から押していくというのが「天啓」に関わらず、勝ちに最も近い。

 桜井章一の麻雀はよくよく観察すれば、必ず東2,3局で親ッパネ以上を上がってそのまま逃げ切っている。

 努力が大切だなんだと人に言っておきながら、自分のやっている事は一番勝ちやすく、そして間違いのない方法である。最初にイカサマで高い役を作っておき、そのまま相手に無茶をやらせ、互いに争わせて逃げ切り。糞が。

 しかし、勝つとはそういう事だ。

 もっとブラントに言うと「勝ってから物を言え」。世の中、そんな物である。

 

 まあ、1-6の彼等に共通しているのは、全員「正しい事」を言おうとした訳である。

 

 それには、それ以前の話で、「正しい事が言いたいという衝動」、若しくはさらにそれ以前に「正しい事を知っている・判別できる」という知的能力が必要になる。

  

 つまり、「正しい事を言うにはどうすればいいか」、「正しい事を言い続けるとどうなるか」、それが問題である。

  

  「正しい事を言いたくない」なら、それはゴミを量産しているだけであり、そもそも文筆業に向いていない。そういう人間は幾らでもいるからであり、ゴミ生産力を他人と競うだけになる。また、結局ポジショントークしかしない訳であるから、誰からも無益と見向きもされなくなるのが結論。後は、読者を高コミュニケーション能力(笑)で無理矢理繋ぎ止めようと頑張るだけである。

 多くの漫画、小説がこれに当て嵌まる。

 基本、妄想で食っている訳であり、その正体が知れると見向きもされない。

 私はこれは、以上から「収入を文筆・情報業に依存したことが理由」と考える。

 

 ユーチューブやツイッターを何故見るのかというと、他に収益源があり生業のある人間の人生・意見が垣間見られるからであり、そうである限り私及び我々は動画を見続けるであろう。

 単発ユーチューバ―は余程面白い事をしない限り、其の内消えていくだろう。

  

 つまり、ほかに生業があるという利点は、

 1.言いたいことを言う

 2.面白い事を言える

 3.安倍首相の政策に合致している

 

 等々、いい事ずくめである。

 

  また違う話になるが、だから漫画・アニメ・文筆業の人間がある「型」を守ろうとするのは正しい。が、これは別の話なので今はしない。

 

 

 

 

 

 

 

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