کشوره ۳ (Not centre of the universe (maybe the earth))

(*゚∀゚)=3333333 より指令 ; さっさと善神を信仰しろバカチン(# ゚∀ ゚)

90.将門通り

「皇居前 地図」の画像検索結果

東京駅の上の方で、国道一号線が折れ曲がっている。

国道一号線の東西行永代通り、皇居前南北行が日比谷通りである。

日比谷通りを上に行き永代通りの次の信号をに曲がると、将門公の首塚がある。

将門公の首塚の前、都営メトロ半蔵門線のある通りには見た感じ名前が無い。

まああるんだろうが、なければ将門通りで。

ちなみに将門通りは隅田川から歩いて皇居まで到達し、さらに歩いて行ける。

隅田川でも北に折れ曲がっているのでそのまま歩いて行ける。

時間が無限にあればずっと歩いてみたい。(笑)

 

ていうか今見て見たが、将門通りは隅田川神田川の分岐、両国橋西から隅田川沿いを通り、人形町を通り、日本橋で国道一号線及び国道4号線の始点(終着点)を通り、三越前を通って将門公の首塚に至り、その後皇居の中を抜けて麹町に至る。

気象庁前で右に曲がると御茶ノ水に出、ちょっとウネウネすると神田明神
非常ならざる意図を感じる。どうしてこうしたのか聞いてみたい。なんかどっかで見たような気もするが、直接作成者に意図を聞きたい。その先の話が聞きたい。

 

なんというか、こう、私にとっての東京というイメージに当て嵌まる。

浅草なだけか。

三越とか行った事殆どないだろうと。(笑)今度いつか無理矢理行こう。

 

 

参考

 

 

 

パワースポット巡り_平将門の首塚_002

 

 

沿革・由緒

今を去ること1050有余年の昔、桓武天皇5代の皇胤鎮守府将軍平良将の子将門は、下総国に兵を起こし忽ちにして板東八ヶ国を平定、自ら平新皇と称して政治の革新を図ったが、平貞盛藤原秀郷の奇襲をうけ、馬上陣頭に戦って憤死した。享年38歳であった。世にこれを天慶の乱という。

将門の首級は京都に送られ獄門に架けられてが、三日後、白光を放って東方に飛び去り、武蔵国豊島郡芝崎に落ちた。大地は鳴動し太陽も光を失って暗夜のようになったという。村人は恐怖して塚を築いて埋葬した。これ即ちこの場所であり、将門の首塚と語り伝えられている。

その後もしばしば将門の怨霊が崇をなすため、徳治2年、時宗二祖真教上人は将門に蓮阿弥陀佛という法号を追贈し、塚前に板石塔婆を建て、日輪寺に供養し、さらに傍らの神田明神にその霊を合わせ祀ったので漸く将門の霊魂も鎮まりこの地の守護神になったという。

天慶の乱の頃は平安朝の中期に当たり、京都では藤原氏が政権をほしいままにして我が世の春を謳歌していたが、遠い板東では国々の司が私欲に汲々として善政を忘れ、下僚は収奪に民の膏血をしぼり、加えて洪水や旱魃(かんばつ)が相続き、人民は食なく衣なくその窮状は言語に絶するものがあった。

その為これらの力の弱い多くの人々が、将門によせた期待と同情とは極めて大きなものがあったので、今もって関東地方には数多くの伝説と将門を祀る神社がある。このことは将門が歴史上朝敵と呼ばれながら、実は郷土の勇士であったことを証明しているものである。また、天慶の乱は武士の台頭の烽火であると共に弱きを助け悪を挫く江戸っ子の気風となってその影響するところは社会的にも極めて大きい。茲(ここ)にその由来を塚前に記す。

 

bertrandsushibarrussell.hatenablog.com

 

追記

 

 2018/4/28

今日両者に行って来た。日本橋三越→将門通り→参拝。

三越自体はああ、多分、知らない間に多分たまに行ってるわ。

将門通りは日本の境目であるが、大手町まで車も人通りも全くなし。

参拝ガチ勢の方がいらっしゃった。いつも行くと必ず他に参拝人(と言っていいだろう)がおり、綺麗に掃除されており、一心不乱に祈られている方もいる。大変じゃのう。

上の看板は新品と交換されていた。

大規模工事後どうなるか。特に日本長期信用銀行1998年(平成10年)10月破綻)跡地。1-4階部分を塚のためにぶち抜いたという話だが、これが凶と出るか大凶と出るか。いやー、だって上のホテル(予定)ではアンアンしてる訳だろ??ちょっと待てよ、いやちょっと待てよ。何で何も考えなかったのか???中凶位だといいですね。

 

越後屋の安永??という在コの見本みたいな名前の奴には取り敢えずお米やっておいたので、後で報酬宜しく。本社ビルでもよかよ。

 

ま、潰れたら私がタダで貰います。(笑)

 

今日のエッセンス:将門公の首塚に参拝すると、激レアな確率で

 Λ Λ
(*゚∀゚)=3333333の本体と会える。

但し相当な危険が伴う。素人にはお勧めできないが、地球玄人には是非お勧めする。

 

追記:私は2015より、毎年冬至には将門公の首塚に参拝する事を常としているので、それっぽい人がいたら当たりかも知れません。