140.選挙
基本的に選挙という無茶苦茶なシステムを作ってくれたおかげで、全てが無茶苦茶になった。
敗戦の遠因は、まず間違いなく、絶対に表に出してはいけない連中に選挙権を与え、表に出してしまった事である。
150年の時を得て、馬鹿共がこさえた選挙システムを私が如何様に使っていきたい。
選挙でどういう事が可能か考察中だが、基本的に私は例外を除いて全員を敵に回すことを厭わず、自分の利益になる人間とそうでない人間を峻別する事にする。今までは甘すぎたがしっかりと考えていく。
忘れてはならないのは、無能な味方が最大の敵と言う事である。
繰り返しになるが、敗戦の遠因は、まず間違いなく、絶対に表に出してはいけない連中に選挙権を与え、表に出してしまった事である。
米山隆一前知事の辞職に伴う新潟県知事選は、自民・公明が支持する前海上保安庁次長の花角英世氏(60)が接戦の末、勝利した。花角氏は、野党六党派が推す前県議・池田千賀子氏(57)に対し、党派色を薄めるために「県民党」を標榜。だが、実際は二階俊博・自民党幹事長や原田稔・創価学会会長が新潟入りし、票固めに動くなど、国政選挙なみの総力戦を展開した。
「今回敗れれば“蟻の一穴”となり、各種選挙に反自民の嵐が吹き荒れるという危機感を持った与党は、幹事長の指揮で、各種団体を総動員し、市町村長を先頭に立て、創価学会をフル回転させてなりふり構わない選挙戦を展開しました。相手の運動が質量ともに野党の3、4倍という物量作戦を演じた結果です」
選挙戦をこう振り返るのは中村喜四郎衆院議員(69)だ。中村氏が4回も新潟入りしたことは永田町関係者を驚かせた。
中村氏と言えば、田中角栄元首相の秘書を経て、27歳で政界入りし、40歳で初入閣。竹下派(当時)のプリンスと見られていたが、1994年、ゼネコン汚職事件による逮捕で離党後、無所属となった。その間、有罪確定で失職し、収監された時期もあったが、刑期を満了すると再び当選。選挙は14戦無敗と、無類の強さを誇る。
保守系の中村氏だが、近年は「反安倍」の立場を鮮明にし、今年になると竹下派の弟分であった岡田克也氏が率いる旧民進系の衆院会派「無所属の会」に参加した。
「今回は会派の選対委員長的な立場で陣頭指揮に当たりました」(無所属の会関係者)
告示前日、中村氏は県内に講演に来た小泉純一郎元首相に池田氏と握手させ、最大の争点だった原発問題での共闘を演出した。
一方、野党が苦手とする地上戦も展開。師匠・田中角栄元首相に関係する地元有力者たちにも秋波を送り、保守票の切り崩しを試みた。
大のマスコミ嫌いで取材を一切受けない同氏だが、こんな総括を筆者に寄せてきた。
「自民党は無理に無理を重ねて政権運営している現状に全く自浄能力を働かせられない。野党も国民の批判を吸収できず、無意味な路線対立を繰り返している。国民の声は、政治に反映しにくくなっている」
モノ言えば唇寒しの自民党に乱気流を巻き起こす“角栄・最後の弟子”。次はどんな勝負を仕掛けるのか。
宇宙人のせいでしょう。